私たちにはお尻を叩くような存在が必要なのかもしれない

人が本気で物事に取り組むようになるときは、一体どんなときなのでしょうか。
スポーツにしろ、芸術にしろ、それこそ仕事でもいいし、将来を考えたときの資格なんかでもいいでしょう。
「できればいいな」とか、「やったほうがいいのかもな」とか、そういう感じではなく、「やらなくては!」と思うようなときはいつでしょうか。
いろいろ私なりに考えてみたのですが、結局のところ、人はお尻を叩かれないと、そういうことが出来ないのではないかと思います。
別の言い方をすれば、必要性に駆られなければ、なかなか動き出せないものなのです。
例えばスポーツ選手が上達をするのも、「もっと上手になりたい」とか、「負けてられない」とか、そういう気持ちが練習に毎日取り組む原動力になります。
走る必要がないときに、あえて歩かずに走ったりする人というのは、そうそういるものではないでしょう。
そう考えてみると、毎日怠惰な生活を送っている私には、漠然とした理想や目標よりも、お尻を叩く存在が必要なのでしょう。
それは時間やお金かもしれませんが、その存在が強ければ強いほど、やっと本気になれるのかもしれませんね。